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何で、憲法第73条7号「大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。」が司法判断ではないのか?

time 2016/06/02

まずは、連邦最高裁が初めて恩赦に関して判断した事件である 1833年の United States v. Wilson 連邦最高裁判決からみることにしよう。

この事件では、恩赦の射程が主な争点となったが、法廷意見が恩赦の法的性格についても言及した点が注目される。
事件の発端は、ウィルソン(George Wilson)らが、複数の郵便強盗の容疑により、強盗罪や他人の生命を危険にさらした罪で起訴されたことに始まる。ウィルソンらは無罪を主張していたが、連邦高裁で死刑判決を受けた。その後、ウィルソンの減刑を求める多くの嘆願書が提出されると、ジャクソン大統領は刑を軽減するとの恩赦を出した。しかし、複数の郵便強盗の事件が明確に区別されないまま起訴されていたので、まだ残りの罪状に関する裁判が残っていた。そこで、死刑判決について
は減刑の対象となるものの、審理前の罪に関してまで当該恩赦の効力が及ぶかどうかという問題がでてきた。そのため、検察官側が対象の曖昧性を問題視して当該恩赦に異議を唱える一方、ウィルソン側の弁護士も、恩赦が他の審理前の事件にも適用されなければ十分な形で適用されたことにならないとして異議を唱えた。こうして恩赦の射程をめぐる問題が連邦最高裁に上がってきたのが本件である。

マーシャル(John Marshall)首席判事による法廷意見は、本件の「起訴は郵便の強盗および配達人の生命を危険にさらしたことに対してなされた。それぞれの起訴は同じ日に、同じ場所で、同じ配達人に対してなされた強盗を対象としている。ところが、先の判決において連邦高裁がどの事件について死刑判決を下したのか不明確なので、我々はこの裁判記録だけで判断するわけにはいかない。それが明確でなければ、我々は本法廷に出された問題を解決するのは難しい(170)。」と述べ、裁判所が審理前の事件に対して恩赦を与えることができるかどうかについての判断も行うことはできないとした。
さらにマーシャル判事は、恩赦権の性格に言及しながら、裁判所は恩赦の是非を語る場ではないとし、つぎのように判示した。「恩赦とは、法の執行に委ねられた権限に基づき、個人が犯した犯罪に対して法が科す刑罰を免除される恩恵的行為である。それは、執行府の長の公的行為であるが、私的に個人の利益を意図して授けるものであり、公的に裁判所と意思疎通をはかるものではない。裁判官が裁判官としての視点から判断し、いかなる事件についても裁判官として知るべき必要事項以外の
ことを知ってはならないことは、裁判過程を構成する重要な要素である。それがいかなる性格であれ、恩赦または免除であれ、裁判官と意思疎通のない私的行為は、全体的に裁判官にとって不慣れなものでありそれに従事できるものではない。もし裁判官が通常裁判過程に持ち込まれない事実に通じていたとしたら、そのようないい加減なものが裁判過程に持ち込まれることは、正義という偉大な原理に対して致命的な打撃を与えてしまうだろう」。つまり、マーシャル判事は、恩赦という私的な行為は裁判過程と異なるものであり、司法の関与する問題ではないとしたのである。

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